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基礎年金番号
平成9年1月から公的年金制度にはじめて加入した時点での年金番号を「基礎年金番号」として記録し、公的年金の全加入期間を通じ、同一番号で記録の整理、手続き、照会等ができるようになった。
くりっく365は、仏教の伝来と発展に伴い、仏前に花を手向ける供花に由来するという説が有力である。
だが、採取した植物材料を人間の知の監督下である空間にて再構成する行為に、古代のアニミズムの流れを指摘する研究もある。動物と異なり、切り落としても適切に処置すれば溌剌とした生命力を漲らせる植物になんらかの神秘を見たとしても、それは不思議なことではないであろう。それは常緑樹信仰にも通じ、人間の手の及ばない神秘の力を、花器の上で包括的に管理してしまおうとする試みであったかもしれない。
今日、「華道」といえば江戸時代後期、文化文政の時代に流行した生花、挿花のことを指すことが多い。
日経225などに挿した花を愛でる習慣は、古くは平安時代あたりまで遡り、たとえば『枕草子』などの文献資料からたどることができる。当初は既存の器を利用していたが、後に専用の花器が製作されるようになった。
華道としては、室町時代中期、京都六角堂の僧侶により確立された。代々池のほとりに住まいしていたことから「池坊(いけのぼう)」と呼ばれ、それがのちに流派の名前となる。家元、宗家らによって江戸時代中期にかけて立花(たちばな、りっか; 「立華」とも書く)と呼ばれる型が大成されていった。その後、江戸中期から後期になるとそれまでの上流階級・または武家階級のものから広く庶民のたしなみへと変化し、生花(しょうか、せいか)を中心に広く愛された。とくに未生流系、古流系、遠州系などの流派は技巧の達人・名手が多く登場し、多くの流派にわかれていくきっかけとなる。江戸末期から明治初期の頃、世界的なニッポン文化ブームにより華道・いけばなが欧州に紹介され、ヨーロッパのフラワーデザイン(en:Floral Design)にラインアレンジメントの手法として影響を与えた。国内ではやがて花姿は時代の流れに即し、なげいれ花、盛花(もりばな)などさまざまな型が編み出された。
CFD、池坊から枝分かれして多くの流派が誕生した。2005年3月現在、その数は日本いけばな芸絵画・彫刻・映像・写真などと並ぶ現代美術における表現手法・ジャンルの一つ。ある特定の室内や屋外などにオブジェや装置を置いて、作家の意向に沿って空間を構成し変化させ、場所や空間全体を作品として体験させる芸術。空間全体が作品であるため、鑑賞者は一点一点の作品を「鑑賞」するというより、作品に全身を囲まれて空間全体を「体験」することになる。鑑賞者がその空間を体験(見たり、聞いたり、感じたり、考えたり)する方法をどのように変化させるかを要点とする芸術手法である。最初はおもに彫刻の展示やパフォーマンスアートの演出に対する試行錯誤から誕生したが、次第に彫刻などの枠組みから離れ、独自の傾向を見せるようになったため独立した表現手法として扱われるようになった。
インスタレーションとは、元の意味は「設置」「展示」「インストールする」という意味であり、古くから美術館の壁面などへの作品展示も「インスタレーション(installation)」と呼ばれていたが、壁や床一面に絵画や彫刻を飾り付けていた時代はインスタレーション(展示)の方法はあまり問われなかった。
展示方法の工夫を通して鑑賞者への見せ方を意識することはロダンら一部の彫刻家が先駆的に取り組んだが、やがて展示方法によって空間自体を作品化することが美術の一手法として認識されはじめ、彫刻や絵画などから独立した。中国や韓国では「装置芸術」「設置芸術」などと呼ばれることもあるが、日本では一般に「インスタレーション」の名称が用いられる。
インスタレーションを制作するにあたり、映像、彫刻、絵画、日常的な既製品(レディメイド)や廃物、音響、スライドショー、パフォーマンスアート、コンピュータなど、どのようなメディアを使用するか、また美術館や画廊などのギャラリースペース、住宅など私的空間、広場・ビルディングなどの公的空間、人のいない自然の中などどのような場所を用いるか、などは特に問われない。
オタワのノートルダム大聖堂前に出現したルイーズ・ブルジョワの作品「ママン」インスタレーションは基本的には一時的(テンポラリー)なものであり、展覧会期が終われば撤去されてしまい人々の記憶の中にしか残らない。写真や映像記録だけが後から追体験する方法であるが、写真を見るだけではその作品を体験したとはいえない。ただしその写真自体がインスタレーション作品とは異なった魅力を発揮する作品になることもある。
また、インスタレーションは設置場所に固有(サイトスペシフィック)のものである。近代以降の芸術作品は、教会や建築物から独立し、額に入った絵画や台座に乗った彫刻などのスタイルになり、世界中のどこに置いても同じように成立すると考えられるようになった。しかしこれに対して、インスタレーション作品は設置場所の形状や周囲の壁面・建築・地形との関係、その場所にかかわる歴史や記憶などと密接に結びつくようになった。それゆえ、他の場所への移転や再現は、作品として成立しなくなるため困難である。
一時的でしかも場所固有なので、そこに恒久設置された作品ではない限り会期後は消えうせることになる。また、売買は基本的に困難である。売買にあたっては、美術館などが作家に制作を依頼して制作費を払い恒久設置あるいは一時設置の方法をとるか、またはコレクターや美術館が詳細な設計図とともにパーツすべてを買い取り、再設置に当たっては作家が監修してその場所に合わせて展示方法を変えることなどの方法がとられる。また作家や美術商がインスタレーション制作前に習作として描いたドローイングや試作模型、インスタレーションの記録写真などを販売することもある。
ドイツの芸術家、HA Schult によるインスタレーション『ごみ人間』(Trash people)。ケルン大聖堂前広場にてもともと西洋の現代美術の一ジャンルで、1970年代以降に盛んになったものである。
起源ははっきりとはしていないが、イタリア・ローマアカデミーの舞台美術科を卒業し、その後舞台美術を応用した作品群を発表しているピーノ・パスカーリ(1960年代)がインスタレーションの創成期のもっとも早い作家の一人である。そのながれは今日のアルテ・ポーヴェラへと引き継がれている。
またアメリカにおいて1950年代末にハプニングを創始し理論化したアラン・カプローらも、ハプニングにおいてパフォーマンスを演じる際の装置や作品をゲリラ設置したりする環境を考える中で、環境芸術やインスタレーションに通じる問題意識を持つようになり、後のインスタレーションに影響を与えている。ほかにも1960年代のコンセプチュアル・アートなどに起源をもつ、形態に焦点を置く伝統的な彫刻概念から離れた立体作品群が、現在のインスタレーション・アートに強い影響を与えている。
西洋以外でのもっとも早い時期のインスタレーション・アートの例として、日本の「具体美術協会」の、1954年ごろの初期の野外(芦屋公園)における美術展やサンケイホール・草月ホール等の舞台に於けるパフォーマンスがあり、カプローらも後にハプニングやインスタレーションの初期の例として評価している。